| 毎日新聞 | 1999.8.27 |
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雨にも負けず悔しさばねに 仮想店舗でのれん再興! |
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創業100年傘専門店 四代目店主 大阪・心斎橋で創業100年の傘専門店「みや竹」が、経営不振から 2年半前に姿を消した。「店はつぶしても、負けへんで」。四代目店主 の宮武和広さん(40)は、悔しさをバネにインターネットに仮想店舗を 開き、老舗の暖簾再興を果たした。成功のカギを握ったのは、商品の目 利きや客のもてなしなど、昔ながらの心斎橋の商い。ネット上で、なに わの商人の意地と元気が光る。 (文・渡辺 精一、写真・金子裕次郎) 「このままでは、店持たへんで」。税理士の言葉が初めは信じられなか った。 みや竹は1896(明治29年)、米国帰りの宮武さんの大祖父が興した。 ハイカラな傘やショールを集め、大正時代にはモボ・モガが集まる流行 の発信地に。心斎橋をリードするファッションスポットとして知られた。 しかし、1996年当時の月商は約1000万円とピークの約20年前の半分に。 逆に、人件費などのコストは月1500万あり、営業を続ければ赤字が膨ら む一方。一等地の立地も災いし、先代である父に万一のことがあれば、 約3億円の相続税がのしかかる恐れも抱えていた。 「将棋なら“詰み”。もう、どこに駒打とうと負けや。」翌97年1月、 店を閉め、1世紀の歴史にピリオドを打った。「あのボンボン、しょせ んアカンたれやってんな」。シャッター越しの冷笑に涙で絶えた。 失意のうちにも希望はあった。注目されていたインターネット・ショ ッピング。ネット販売なら、立地にも左右されないうえ、在庫圧縮も可 能だ。加えて、傘のことならなんでも知っているという絶対の自信があ った。パソコンを買ったばかりのデジタル音痴だったが「がけっぷちや。 大学受験の10倍の猛勉強で、火事場のばか力出しました」。 店名は、老舗を受け継ぐ「心斎橋みや竹」(http://www.kasaya.com) に。アドレスの読み方は、カサヤ・ドット・コム。「傘屋どっと込む」 を掛けた。手作りのシルク傘から、伝統の和傘、片手に収まる折り畳み からビーチパラソルまで、約1000種。大阪市西成区の自宅を改造してパ ソコンを並べ、電子メールで注文を受け付ける。フタを開けてみると、 売上高は最初の3ヶ月たった15万円。だが、10ヶ月後に1万円の高級傘が ヒットしたのを転機に。今では300万円の月商を確保する。 ネット通販は大手企業も注目するが、まだ成功例は少ない。宮武さん は「先駆者」として、ネット上で一躍有名になった。 「大切なのは、商品への目利きとウンチク。電子メールで問い合わせ があれば100%、360度答えられないと客に見透かされる。心斎橋なら当 然ですわ」。大手などが苦戦しているのは、商品を並べるだけで、商い を知らないからと宮武さんは言う。 注文や質問が舞い込めば、素早く返信する。基になったのは心斎橋で 培ったきめ細かい接客対応だ。また、母の日、クリスマスなど時期に応 じてキャンペーンを張り、お薦め品を選ぶ。売れ筋をつくるコツもルー ツは心斎橋にある。ネットでも、心斎橋商法はピタリとはまった。 しかし、その心斎橋も、かつての勢いはない。みや竹だけでなく、老 舗はくしの歯が欠けたように消え、ゲームセンターやファーストフード 店に変わった。周辺の地下街やショッピングモールは顧客獲得を争って いるが「心斎橋は手をこまねいている」と嘆く。 一方で、ネット上には志を持つ商人がゴロゴロ生まれている。メール 一本で商売のノウハウを伝え合い、語り合うなど、ヨコのつながりも強 い。「今度はネットに往年の“心斎橋”のにぎわいを再現したい」。宮 武さんの新たな夢が膨らむ。 ★ 毎日新聞のホームページ ★ 毎日新聞ご購読のお申し込み |