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傘は文明の利器
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17世紀末から18世紀初めにかけて、防水加工した生地を張った傘が雨から身
体を護るのに重宝なものであるとの認識は少しずつ広まったようである。
傘では、イギリスより先行していたフランスでは、1715年頃、パリの傘製造
業にして商人のマリウスなる人物が、種々の新考案を打ち出し、また男女各
タイプの傘をポスターで宣伝している。
イギリスの陸軍大佐ジェイムズ・ウォルフ将軍は、任地のフランスから故郷
の父宛に出した手紙に、「当地の人々は、暑い気候に太陽から身を護るため、
雨や雪を防ぐためにも傘を用いている。こんなに有用な習慣が、雨の多いイ
ギリスに導入されていないことは、驚きです。」と書き残している。
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ロビンソン・クルーソーの傘
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イギリスの小説家ダニエル・デフォー作(1719年 ※1)難船して無人島に漂
着した主人公が、さまざまな経験をする『ロビンソン・クルーソー』。主人
公が 無人島で最初に行った文化的な作業の一つが「傘を作る」であった。
「私(クルーソー)は、傘を作るために多くの時間と労力を費やした。」
「遂に私はどうやらこうやら目的に叶うものを作った。・・・・それで頭上
を覆うと、ペントハウスのように雨を防ぎ、大変有効に太陽光線を防いだ。」
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後に、スコットランド生まれでイギリスの作家・評論家であるロバート・ル
イス・スティーブンス(1850〜94)は、クルーソーの"葉で作った傘"について、
「それは、我々が決して遇うことがないような不利な状況下で絞り出した
『文明的な努力』の素晴らしい見本のようなものである。」と論評している。
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傘は男たちの最も良い友達である。
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18世紀末から19世紀の初めにかけて、雨傘はイギリス紳士の携行品として定
着するようになり、その効用が宣伝される。
イギリスの作家・言語学者であるジョージ・ボロー(1803〜81)は、「雨の
時の傘は、男たちにとっての良き友であり、それ以上に何かといろんな役に
立つ」と傘を讃美して、次のようなご利益を挙げている。
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●暴れ雄牛とか凶暴な犬が自分を襲ってくる恐れがある時、そいつらの顔面
へぱっと傘を広げると、びっくりして向きを変え、逃げさってしまう。(※2)
●追剥がお金を要求してきたような場合、傘を備えていれば、悪漢の目の前
に石突きをさっと向けて脅かす。そうすると男はだじろぎながら、「だんな、
アッシは、危害を加える気なんかありませんぜ。ちょっと悪ふざけしてみた
だけなんで・・・・・・」と言って、尻込みする(※3)
●傘を携帯していれば、誰もが貴方を尊敬すべき人物であることを疑わない。
例えば、あなたが居酒屋や入ってビールを注文する。すると酒場の主人は、
一方の手で代金を請求しながら、ビールを出すような無礼をしない。酒場の
主人は、傘を携帯しているあなたを資産家であると判断するから。また、傘
を持つような身分のあなたは尊敬すべき人物とみなされるから、不意に話し
掛けても、あなたとの会話を拒絶するようなことはない。
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「尊敬されるべき男は傘を持っていると見られ、彼ら(酒場の主人等)から
強奪するつもりがなく、正義を行うものと推断される。何故なら、強盗は決
して傘を携帯しないから」
「人間にとってのテント、盾、槍であり、保護の役目をするのは傘である。
男たちの最も良い友だちの中に、傘を数えるべきである」
(※1) 『ロビンソン・クルーソー』が発表された1719年は、日本の享保5年に
当たる。享保の頃には、江戸に入って広がった大黒傘が番傘・問屋傘といわれる
ようになり、そのより安価な「手代傘」が出る一方、蛇の目傘に家紋を描くこと
が流行し、着物の袖に入るような「懐中傘」が出るなどし、傘の「ぼて売り」
(品物をかついだり、さげたりして、呼び声をたてて売り歩くこと。)が現われ、
3〜4歳位の小児も傘をさすようになる。なお享保3年には「軽き輩、長柄之傘可
ならず。爰に無用の事」との長柄傘禁止令が出されている。これと前後して、柄
の短い傘が見られるようになる。
(※2)日本の俚諺(りげん)に「猫に唐傘」というのがある。これは猫の前で傘
を急に開いてびっくりさせることを言ったもの。驚くこと、また、いやがること
のたとえ。
(※3)英国紳士が生地を巻いた傘を携帯したのは、騎士が携えた剣の名残りで
あり、防御用であったとする説もある。
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