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ホワイトローズの傘をみや竹で購入するメリット
安心のワンストップサポート
みや竹でご購入いただいたホワイトローズの傘のサポートを ⇒心斎橋みや竹サポート窓口 で一元化してご対応します。 傘の老舗ならではのホスピタリティです。

●御品選び以上に大切な「御店選び」

ホワイトローズの傘のお修理サポート取次ぎはご購入店で承ります。 キャッチコピーにも「修理が出来るエコな傘」〜職人が手作りし、直します。と謳われています。 ところが修理受付できる知識や体制があり、具体的な受付窓口があり、快く受けている店を、みたことがありません。大変残念なことです。

●ネットショップ屈指のホスピタリティ、信頼のサポート

ホワイトローズのビニール傘は「消耗品」ではありません。長い歳月オーナーにお伴できるようなサポート体制がない店で購入すれば、匠の傘たる物の価値は半減いたします。 サイトの綺麗さや送料無料、ポイント倍率といった目先のサービスだけで決めていませんか。当店は本当の意味での「サービス」と「バリュー」をご提供できる、大阪市長賞 受賞店です。ホワイトローズの傘は、是非当店でご用命ください。

●各種ギフト包装対応 大切なご贈答にも是非ご用命ください

御品が由緒あるものである証しを記した「栞(しおり)」と共に老舗のギフト包装でお届けしますので、商品の価値もさらにぐっとあがります。カテールのすべてを知り尽くした、名づけ親/育ての親 心斎橋みや竹しか実現できないハイクオリティギフトです。


名づけ親 育ての親 宮武和広(心斎橋みや竹)が語る
カテール誕生秘話


記念すべき初代モデル「勝てる雨傘 カテール」

なぜこの傘が「かてーる」というブランドなのか。ヒストリーを紐解くとわかります。 これは、名づけの親&育ての親でもある 私 宮武和広だからこそ語れる「カテール誕生秘話」です。 心斎橋みや竹ファンの皆様だけにそっとお伝えします。

片隅で眠っていた最高の宝もの

2003年 ホワイトローズ須藤宰社長 から、超特大の墓前読経用傘(後にテラボゼンと命名)の宣伝販売への協力を要請されて上京。 ヒアリングをする最中に、会社の片隅にあった傘に目が留まりました。「この傘はいったい何ですか?…」

聞けば「選挙で運動員が買いにくる ニッチな街頭演説傘」とか。私は直感で、この傘こそ最高に魅力ある傘だと確信しました。 三日三晩頭をひねり、つけた名前が「カテール」。平易にて卓抜がヒット商品命名の鉄則であったからです。

縁起物「勝てる雨傘」の躍進

勝てる雨傘と銘打ったカテールは議員さんだけでなく、受験生など勝ちたい人を中心に口コミで広がりました。大きな転機となったは2006年郵政民営化選挙。 小泉さんが街宣車で使用する姿が報道されたこと、それを超人気番組「トリビアの泉」がクイズの題材として取り上げてくれたことでした。
看板商品となった後も 須藤さんは努力を重ねました。当初は塩ビであった生地を エコロジーと透明度の観点から三層フィルムのオレフィンに、また 骨は宇宙航空材料としても活用されているFRPに、そして「逆止弁(特許)」の開発で耐風性を向上させ劇的なバージョンアップに成功。 生まれ変わった傘を私は「新しい」+「進化」+「カテール」を合成しシンカテールと命名しました。

「ものづくり」に賭けた意地と誇り

当時、須藤さんがもらした本音があります。「今は選挙の傘として有名になったけれど、私が本当に目指したいのは『ものづくり』の部分。 世界に向けて発信できる商品、高く評価される技術を確立して評価されたい」と
その強い思いが、やがて重い運命の扉を開けるのです。

お顔がみえる傘〜美智子様の切なる願い

「お互いに顔がみえる見通しの良い傘でご来賓のおもてなしをしたい」 皇后 美智子様 たっての願いで、透明傘の作成依頼が宮内庁御用の職人にきたのです。 そこで須藤さんが透明傘エキスパートとして、生地の作成を担うことになったのです。
カテールのもつポテンシャルは天気を味方につけて更なる奇跡をおこします。宮内庁に納めた年(平成22年)いきなり雨の園遊会に。黒い傘が主流だった中で、 凛として透明傘を愛用される美智子様のお姿は、多くの方の目に留まりました。

カテールが昇華した 縁結(エンユウ)

そこで私は須藤さんに強く進言をします。「今こそ 素晴らしい透明傘がこの世に存在することを、すべての人々に知ってもらう千載一遇の機会です。 ぜひ一般の方もお買い求めいただけるモデルをつくりリリースしましょう」と

縁結(エンユウ)
カテールで培った技術・ノウハウを結集して出来上がった 美しすぎる透明傘。その名もエンユウ(縁結) 光栄にもまた私が命名をさせていただきました。

自ら運命を切り拓く傘

ホワイトローズの傘が凄いのは、自らが運命を切り拓くことです。 かつては歴代首相の愛用品として、近年は皇室の傘として。 私達が言葉を並べ語らなくとも、その魅力は多くの人の心を惹きつけてやみません。

平成の最後の園遊会でも奇跡はおきました。また雨となり、両陛下が仲むつまじく1本の透明傘をお持ちになる姿は、 各ニュースサイトでも大きく報道され、出席された三谷幸喜さんは「この日のために(エンユウを)買いました」と仰いました。

宇宙船 須藤丸 次はどこへ

ホワイトローズの傘の源流には、あの不朽の名作カテールがあります。この傘もその魂を踏襲して作成されましたので、選挙傘ではありませんが、 カテールの名がついています。ただし たおやかさを演出するため ひらがなに変換して…

須藤さんの見据える世界は、いつも一歩先。私は羅針盤を携えて旅のお供をさせていただているクルーに過ぎません。 ホワイトローズの得意分野であるシャワーカーテンやクッキングシートを使って次世代の傘をつくると言い出すかも知れませんし、 想像を遥か超えた傘が出てくる期待も大です。わくわくしますね。

文章著作:宮武和広


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日本のビニール傘文化の草分け
ホワイトローズ物語


選挙前になると、各政党から演説用ビニール傘のひきあいがあるというユニークな会社が、東京の田原町にある。 日本のビニール傘のフロンティアといもいえる「ホワイトローズ」だ。特に宣伝も何もうっていないが、次々と 運動員が訪れては纏め買いをし、選挙のたびに数百本は売れるそうだ。口コミのちからは素晴らしい
徳川幕府御用達の由緒ある傘問屋

実はホワイトローズの歴史は徳川幕府まで遡る。享保6年、甲斐の住人、武田源勝政が江戸駒形に出て煙草商人 となり。初代武田長五郎と名乗った。四代目 武田長五郎から雨具商に転向。五代目に至り、幕府御用を許され、 大名行列の雨具一式を大量納入した。

六代目中期より人力車の帆張り、天幕等も扱い、続いて和傘販売も開始。七代目に至り、本格的に和傘問屋とし て盛にし、岐阜、紀州、久留米、高松等の各地で生産された和傘を中心として、国内屈指の業績をあげるに到る


斬新奇抜なプロジェクト

昭和二十年代、傘の主流は綿傘であったが、染色技術の未熟さゆえ『色おち』の苦情がたえなかった。ここで 須藤三男氏(前社長)は、進駐軍がもちこんだ「ビニール」に着眼した。 有限会社武田長五郎商店となってから、最初にして最大の一大プロジェクトは発進、 実はこれが現在のビニール傘開発の発端となる。

傘をまもるために傘にビニールカバーをかけるという、当時としては極めて斬新で、今となっては滑稽でも あるアイデアであるが、このビニール製傘カバーは飛ぶように売れ、店の前では朝早くから長い行列が出来た。


挫折は栄光のエントランス

完全防水のスグレものということで、今度は大手店から「骨がみえる透明度の高いビニール傘」を納入してく れという次のプロジェクトが舞い込む。ところがこの商談がリリース直前で頓挫するという憂き目に。 納入するあてもなき、沢山のビニール傘の 在庫をもってしまったのだが、今度はそれを上野から銀座界隈の路面店に、ゲリラ的に店頭委託販売の熱烈営 業をかける背水の戦略にうってでた。

これが運命をわけた。果たして、TVのモーニングショーで「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と 紹介されるや否や、瞬く間に透明ビニール傘の存在は、全国に知れ渡ることになる。

ビニールというと間に合わせ傘や安物傘というイメージがあるが、 昭和40年代に売り出されたビニール傘は、シルクと同じぐらいの高級価格であった。 また様々な色や柄が印刷ができるということで最先端のファッションともなっていた。


ビニールは雨傘のひとつの極み

その原型は三菱とモンサントの技術提携会社が開発したもので、お馴染みのものでは「農業用ビニールハウス」がある。 透明で視界をさえぎらず閉塞感がない快適さ。暑さ寒さに強いという耐候性。糸状の従来繊維にたいして、 のし板状の組成であるので、雨が入る余地がない。防水性という点では大変合理的で優れた材料である。

高周波ウェルダー加工という方法で、 常板と真鍮の型のあいだに生地をはさみ、高周波のやりとりで接着をして、生地と生地を縫い合わせる。 そういった特殊技法のひとつひとつが積み重ねたホワイトローズの歴史そのものを物語る。


夢をおい、孤高の道を貫く

ポリエステルが主流の業界では、アウトサイダー、邪道と見られがちのビニール傘であるが、 須藤社長は目を輝かせてこう語るのである。 「ビニールが安っぽくみられがちなのは、その製造行程上で効率的な裁断作業ができるからにほかならない。 しかし、ここには雨傘を極めたひとつの解答がある。私はこれからもビニール傘を科学し、心血をそそいでいきたい。 ビニール傘は『文化』ですから」と。

ホテルのシャワーカーテン、家庭用エプロン、特殊照明用機材。意外な分野にもホワイトローズの技術は活きている。 高周波・超音波ウェルダー加工・縫製加工を用いて、多様化した消費生活の中に潤いと楽しさをプロポーズするのがコンセプト。

幕府のあつい信望を受けた傘問屋、武田長五郎商店の心意気 いまだ健在である

文章著作:宮武和広



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