匠の傘専門店 みや竹 > 心斎橋 みや竹について > 日傘男子ヒストリー
武江年表(斎藤月岑:著)の慶応3年(1867年)の項に「此頃、西洋の傘を用ふる人多し。和俗蝙蝠傘といふ。但し、晴雨ともに用ふるなり。」とあります。西洋から渡来した布張りのこうもり傘は、現代でいうところの晴雨兼用傘でした。
昔の傘生地は「綿」や「絹」の天然素材が中心。糸や織り方を工夫して繊維の目を詰めることで雨の侵入を防ぐようになっていました。しかし雨用としては機能的に劣ることもあり、雨傘よりもむしろ日傘として重宝されたことが、当時の風俗図からも明らかです。男性も 街歩きに持ち出した傘を、普通に日傘としてもさしていたと考えられます。
ただ、まだ多くの庶民は和傘を使っている時代ですから、洋傘は富裕層のシンボリックなアイテムでした。「日傘(を持った)男子」は憧れの存在であったともいえます。そのような状況は、明治~大正~昭和の戦後しばらくまで続きました。
雨漏りや色落ちなど問題が多かった傘生地ですが、昭和28年にナイロン、昭和35年にはポリエステルといった防水撥水性能・コストパフォーマンスに優れた傘地の登場で、洋傘がどんどん普及しました。そして 雨傘/日傘の線引きが明確となり、紳士がもつ傘といえば「雨傘」というイメージが一般的なものとなります。
しかし「絹紬(けんちゅう)」と呼ばれる高級な紳士日傘は、少数ながら洋傘店の片隅に並んでいました。私が心斎橋に実店舗をかまえていた頃も、それを探してこられるお客さまが結構いました。私達に潜む日傘男子のDNAは絶えることはなく、ずっと心の中に宿っていたのです
平成2年(1990年)UVカット傘として、有害紫外線を遮断する機能を謳った日傘が登場、女性のニーズを取り込み大ヒット商品になっていきます。紳士日傘は、その傍ら細々と企画はされるのですが、地味な色の綿や麻無地、相変わらず昔の地味なデザインを踏襲した 年配層のみをターゲットとした懐古主義的なマイナーな傘でした。
私が初めてさした日傘は、アイデアル社製 ゴルフ用「スパッタリングパラソル」のハンドルを紳士用寒竹に換えて、シティ感覚にした別注品。UVカット76%と低スペックでしたが、現代的な日傘という佇まいがありました。
平成11年(1999年)NHKハイビジョンギャラリー「この素晴らしきモノたち~傘」のナビゲーターを務めた折、その傘を手に「これからは男も日傘の時代です」と宣言したのですが、果たして20年後、男の日傘が環境省のお墨付きをいただけるとは想像もしていませんでした。
オゾン層の破壊が問題となり、有害紫外線をカットするツールとして注目度も高まりました。生地に紫外線防止加工をする方式だけでなく、原糸そのものにUVカットの性能をもたせた優れた生地が登場し、新時代の男の日傘がリリースされたのです。
しかし「男もUVカット」だけでは訴求力が弱く、苦戦の連続でした。実は、これとは別の道で、男性用日傘の未来を探っていたユニークなメーカー※がありました。紫外線アレルギーの方の声に耳を傾け、完全遮光傘を世界ではじめて開発。光を完全遮断する生地の開発は、その後の男性用日傘の発展に大きく貢献をするのです。
この頃の報道は、新聞では好意的な記事が多かったのですが、TV映像では「もの珍しさ」や「女々しさ」という偏見に溢れたものが多々ありました。オフィス街を歩いても、まだ見かけることは殆どなく、想像の中でしか表現できなかったのでしょう。
2005年環境省がCOOL BIZを推奨し定着しはじめた頃、私は男性用日傘をマッチングさせることを画策。「暑い日中、外まわりのビジネスマンの方が普通にかっこよく使える日傘」というコンセプトが奏功し、ワールドビジネスサテライトで特集されました。
2006年の状況は「“男の日傘”は21世紀の常識!?」で詳細をみることができます。
とにかくメーカーや職人さんに御願いしたのは、働き盛りの方ほど必要とするアイテム、もっとターゲットの年齢層を見直してくださいということ。作り手の意識がかわらないと、魅力的な日傘など生まれるはずもありません。
また「商品名に『男』をつけるとブレイクする」という風潮が高まりをみせ、「オトコ香る。」ガム、「メンズポッキー」、「男前豆腐」等とおなじ次元で「男の日傘」も位置付けられた年でした。
猛暑が列島を襲い、注目度も急上昇。各メディアの紹介タイトルは「男の紫外線対策」「男性も美容や身だしなみに気を配る時代」「男もすなる 酷暑の日傘」「男の日傘 人気じわり」「性差を越えたヒット商品」
ファッション、美容、紫外線対策、暑さ対策、ジェンダーレス、着目点の広がりが大きな特徴で、それぞれの趣旨にあった日傘がとりあげられました。また残暑のせいで秋になっても話題が継続していて、男性用日傘を最先端として紹介してくださるケースが続出しました。この流れをうけ現代用語の基礎知識に「男の日傘」が登場。
この年は明るく華やかな彩りも登場。目新しさや機能性だけでなく、ファッショントレンド、ビジュアルとしての価値も高まったのが特色です。NHK「おはよう日本」読売TV「ミヤネ屋」では、簡易的ですが男の日傘ファッションショーが催されました。
またUV対策グッズとしても注目度も高く、「男の紫外線対策」「男性のUVケア最新事情」というタイトルで掲載され、美肌意識の高い男性の鉄板アイテムとしてほぼ定着したのです。
全国的に日照が少なく、場所によっては統計開始以来最も少ない地域もありました。これを受けて男の日傘も低迷。販売は前年比割れ、メディア紹介も減り、現代男性日傘史の中では、唯一歩みのとまった停滞期です。
しかし商品開発では各社から遮光傘が色々とリリースされていて、決して足踏みはしていませんでした。マーケットの静けさは、次年度に生まれる大きなムーブメントの卵を、そっとあたためていた貴重な時間だったのかも知れません。
2010年「今年の漢字」として清水寺の貫主がしたためた一字は「暑」。耐え難い酷暑に抗うため、日傘を手にする勇気ある男達が次々とあらわれました。名付け親は不明ですが、誰言うことなく、彼らは「日傘男子」と呼ばれました。
それはメディア報道でも反映され、「日傘男子って何?」「猛暑泣き笑い~日傘男子」「夏の総決算~日傘男子」という見出しがずらり並びます。こういったタイトルは2009年までは絶対になかったものです。日傘男子は形容矛盾※の表現で、今までの常識では結びつかないものを並べることで、性差を超えた新しい意識を形成しようとする造語です。
男性用日傘という単なる商品カテゴリーでしかなかったものが、日傘男子ということばの誕生によって「社会現象」として注目を浴び始めたことが、後年の大躍進につながります。
いとうせいこうさんの伝説のツイート「男にも日傘があった方がいいよ、この陽射し。」がSNSに大きな波を起こしたのも、この年です。総務省統計「猛暑によって売上急増した品目」に日傘が記載されましたが、その原動力は男性用日傘でした。また、遮光マークが登場し、時代は「遮蔽」から「遮光」へと変遷していきました。
前年酷暑の実績をうけ、SmaSTATION!!「2011ヒット予測」で男の日傘が登場。「男の」というダンディズムに訴える斬り口でも日傘が注目を浴び始めます。全般に紫外線対策としての比重がまだ高く、「男のUVケア」という感覚が目立ちます。ただ、街行く日傘男子はまだ少なく、さしていても恥ずかしそうに歩く姿がそこにあり、「今日、日傘男子に遭遇した」と、珍しいものを見るようなブログが散見されました。
実はこの年、すでに環境省は公式に男性用日傘を推奨していました。7月に発表された ヒートアイランド現象に対する適応策の効果の試算結果についての中で、「熱ストレスの観点からは男女問わず日傘を活用することが望ましい」「男性用日傘の商品開発・普及等も並行して進める必要がある」と明記されたのです。
「男の日傘時代到来」「男性日傘人気開く」「日傘男子胸を晴れ」メジャー新聞に肯定的タイトルが踊るようになり、ロイター通信を通じ私も世界に向けて発信をしました。
Japanese men turn to parasols to beat the heat
日本人男性が暑さ対策に日傘を使い始めた。もし日傘の神様がいるなら男性も女性も区別しないはず。日傘を使いたい男性は、恥ずかしいと思わなければ大丈夫
「人の視線より涼しさ」という中日新聞のタイトルに、日傘男子の心に潜む自意識との闘いが垣間見えます。沖縄日傘愛好会の渡口彦邦会長はこう呼びかけました。「男は日陰を探して下ばかり向いて歩いている。一度日傘を使ってみんさい。胸をはって歩けるさあ」
いままで「美白男子」と思われていたものの進化したものが「日傘男子」という認識が高まりました。秋が到来し、NHK特集の中の「今年売れたもの」で男性用日傘が取り上げられたことは特筆に価します。
この年から遮熱マークが加わり、「遮蔽」「遮光」から「遮熱」の時代に突入しました。これは環境省がテーマとした「熱ストレスの軽減」のベクトルにも合致し、紫外線カットだけでは興味をしめすことのなかった男性の心も掴んだ特性といえます。
傘業界は「パラソル男子」として仕掛けますが、「日傘男子」に駆逐されて、盛り上がりを欠く結果で消滅。そこで『父の日に日傘を贈りハガキ応募すると 当たればもう一本プレゼント』というホームランバー戦略で、各百貨店はリヴェンジを試みました
スーパークールビズと銘打った環境省のキャンペーンで、通気性の良い服とともに男性用日傘が推奨されました。「美肌」「軟弱」であったメディアの斬り口も「熱中症予防に効果 環境省も応援」「猛暑を迎え撃つ日傘男子」等々 熱中症対策、熱ストレス軽減アイテムへとアクティブに変遷します。全国の百貨店では例年にない売上を記録し、主要新聞各紙に、男の日傘商戦の活況ぶりが掲載されました。
トレンドとして高く評価されはじめたのもこの年でした。2013年も記録的な猛暑になったことで男性用日傘の存在感は増すばかり。TVタイトルも躍動「急増中!噂の日傘男子!」「急伸する男性用日傘」「男の日傘が人気」、私が出演した「とくダネ!」では 「小学生から紳士まで日傘男子急増」とご紹介頂き、手ごたえを実感できました。
そして歴史的な出来事が起こります。それはユーキャン新語流行語大賞へのノミネート。この年は「今でしょ」「お・も・て・な・し」「じぇじぇじぇ」「倍返し」と強敵ばかりで惜しくも大賞は逃しましたが、日傘男子が市民権をえるための道のりで、実に大きな前進でした。
NHKニュースウオッチ9で大賞候補一覧が紹介された時のエピソード。松田利仁亜アナが、メインキャスター大越さんに「この中で気になる言葉ありますか」と尋ねた時、「日傘男子ですかね(ありえないという渋い顔で)」とこたえると、「えっ、私、日傘男子なのですが」と松田アナが即座に切返しました。今も語り継がれる「神」問答です。
傘用素材「ヒートブロック」※「サマーシールド」※ が登場。ここから「遮光遮熱」機能をもった傘が主流となっていきます。しかし、当初はベーシックで保守的なものも多く、色彩/質感/コンセプトなど作り手の意識改革をする必要性を感じました。 ※「ヒートブロック」はアンベル、「サマーシールド」は東レが開発した、いずれも遮光遮熱の傘生地
西日本では記録的な冷夏、日照不足もあり日傘男子は少しトーンダウン。東日本は逆に日照多めで百貨店も売上好調。メディア掲載においての特色といえば、熱中症だけでなく「ゲリラ豪雨」「薄毛対策」と全天候対応/アンチエイジングというメリットにもスポットがあたったこと。新聞へのユーザー投稿が増え始めたこと。そして「日本では男性の日傘が珍しくなくなった」と海外で紹介されたこと、などがあげられます。
通販生活の表紙に「日傘男子」界のカリスマ四天王 いとうせいこうさん、有栖川有栖さん、森岡正博さん、くろすとしゆきさんが登場し、「勇気ある男達の日傘論」が掲載されたのですが、これがなかなかの読み応えと説得力。編集のセンスが冴え渡ります。ただし「勇気ある」という表現に着目。2015年時点で、日傘を持つには勇気が必要である、という意識が払拭されていなかった現実も、まだまだ悩ましいところでした。
天気予報サイト tenki.jp では直射日光シェルターと定義し、外回りのビジネスマンに訴求する巧みな語り口で紹介。「ビジネスシーンに日傘を取り入れるのは、スーツに似合う帽子やサングラスを探すより簡単。営業焼けや滝のような汗から解放されたら、訪問先の好感度もぐっとアップ。1日が終わるときの疲れかたが変わります。
気象予報士 斉田季実治さんがNHKニュースウオッチ9で「日傘男子」を公言、「日傘はいいですよ、陰を持ち歩けるわけですから」とでコメントし愛用の傘を披露。私が知り得る限りでは、天気予報で男の日傘を絶賛推奨したのは、斉田さんが最初です。
斉田さんのツイート「日傘男子、はじめました」が、日傘ビギナーの定番呟きになりました。有名人の中でも、お天気のプロのお薦めは、実に強力です。私も気象予報士さんにお会いする機会があれば、帽子か日傘の前に、必ず「男女を問わず」と入れてくださいとお願いをするようにしました。
更なる普及のため色々な方がアクションをおこした、パワフルな年になりました。まず、埼玉で「日傘男子広め隊」が結成され、県内を中心に精力的に活動を開始。日本洋傘振興協議会ともタッグを組んだ日傘男子広め隊の積極的な活動は、他の自治体へも大きな影響を与えました。
さらにTBSがっちりマンデー『儲かるお天気ビジネス』で エコノミストの森永卓郎さんが 「男性用の日傘がこれからガッチリ儲かる!」「日傘をさす男性はモテる!」と明言。男性用日傘は新しい広大なマーケットとしての認識が、業界の内外に拡大をみせていきます。
メディアでは熱ストレスと遮熱機能を紹介されることが増えましたが、ある日偶然目に留まったコラムで、日傘のたのしみ方の原点に帰ることができました。「日傘をさすとは、晴れた光の光景の中に 色を挿すこと」
凄まじい炎暑、海外からの特派員が「日本は破壊的暑さ」と表現するほどの耐え難い暑さ。NEWSでは「いのちに関わる危険な暑さ」として大きく報道されました。 SNSでは連日のように日傘男子デビューする人の声があがり、いままで精神論や見た目、恥ずかしさで「男が日傘なんて」と冷ややかに見ていた方も、一気に男性用日傘の必要性を認めざるを得ない状況になりました。
報道番組で必ずサーモグラフィーが用いられるようになったことも大きく、働き盛りの年代の男性の心を大きく揺さぶりました。男の日傘は「遮光遮熱ツール」として浸透し、私が出演したFMリスナーアンケートでは、日傘男子あり=68.2% なし=19.3%という圧倒的スコア。日傘男子が市民権を得たことを確信しました。
愛好してきた日傘の先駆者たちは、微笑みながらこう呟きました。「良かった!やっと時代が私達に追いついてきた」
環境省・傘メーカー・百貨店協会 官民一体となった大規模な日傘普及キャンペーン。環境大臣自ら、日傘をさすパフォーマンスで登場した記者会見。(2019/5/21)折しも夏を前倒しした皐月猛暑が列島を襲い、ワイドショーでは連日「日傘男子」が話題に。さらに父の日シーズンということもあって、空前の日傘景気が到来しました。逆に7月が低温傾向だったので、この記者会見はまさにベストタイミングでした。
この年の8月、私は環境省にて「男性用日傘の使用に関する意見交換会」に招かれまして、環境大臣や大気生活環境室の皆様に、男性の日傘使用の現状と今後の課題をお話ししました。
「一般社団法人 日本日傘男子協会」が発足(現在は活動休止)SNSを通じて「パラソリスト」の発掘と紹介、そしてハウステンボスとコラボした「日傘男子フォトコンテスト」が大きな話題になりました。
新型コロナウィルスに見舞われ社会全体が沈滞する中、傘をさすと自然と距離をとって歩くことから、「傘でソーシャルディスタンス」という「傘をさす理由」が大注目に。外出自粛で出遅れた傘業界も「おもいやりの距離」と銘打ってこぞって男性用日傘プロモーションを企画したのです。
ソーシャルディスタンスとマスク熱中症対策、『距離をとる、熱をとる、マスクをとる』の3トル理由で、学校で「登下校の日傘」がはじまったことも特筆に値します。こども用日傘製造メーカーは飛躍的に売り上げを伸ばし、百貨店には専用売り場も登場。記録的な長梅雨が一転、八月は短期集中で非常な猛暑にみまわれ男性用日傘の話題が急上昇し、お盆前後に「日傘男子」は、Twitterのトレンドワードを席巻しました。
観測史上二番目の「酷暑」到来。東京では猛暑日が過去最多となり、誰も何もプロモーションをしなくても、自然発生的に日傘をさして外出する男性が急増。 確実に意識改革がすすんだことが証明されました。
傘メーカー各社も、当然のように「男性用日傘」というカテゴリーに多くのリソースを配して、百貨店の品揃えも充実したものになりました。 まさに「日傘男子」が市民権をえた年ではなかったでしょうか。
SDGs13「気候変動に具体的な対策を」で主要リスクのひとつと定義される『熱中症による死亡/健康対策』 医療/救急に携わる人々に負担をかけないためにも「日傘で身を護る」ことは非常に大切になります。
『日傘を持つのは女性』という無意識に形成されているジェンダーバイアスや 『男だから我慢しなさい』という不要な根性論の息苦しさから解き放たれるためにも、 男性だって日傘を楽しむことは、時代にマッチした素晴らしいライフスタイルといえます。
最後に・・・日傘男子という言葉はいつの日かその役目を立派に終え、ひっそりと過去のものになることでしょう。 雨傘をさす男性を「雨傘男子」とは呼ばないように